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私の好きな曲 エリーゼのために 「Beethoven: Bagatelle for Piano in A minor

私の好きな曲「エリーゼのために」
「Beethoven: Bagatelle for Piano in A minor "Für Elise," WoO No. 59 」

こんにちは。
熊本市東区にあります、子どもと大人のピアノ
HEART PIANO ハートピアノ教室です。 
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長い間「エリーゼ」イコール「テレーゼ・マルファッティ」
という説が有力でした。
あまりの自筆譜の汚さから、
「テレーゼ」を「エリーゼ」と読み間違えたというものです。
しかし近年「エリーザベト・レッケル」という女性が「エリーゼ」ではないか
という説が発表されました。



「エリザベート」は当時19歳で、
美しい歌声と美貌を持つ歌手でした。
1807年、兄を追ってウィーンに移り住み、
ベートーヴェンと知り合いました。
そしてその後ベートーヴェンの友人でライバルでもある
作曲家のフンメルと結婚しています。



当時のベートーヴェンといえば
1802年にハイリゲンシュタットの遺書を書いたあとの頃。
死ぬことを思いとどまり、
作曲家としての人生を自らの使命と受け止め
交響曲第5番,第6番、ピアノ協奏曲第5番「皇帝」
などの傑作を生み出していた時です。
当時の人気と知名度はフンメルの方が上だったといいます。
フンメルの曲は、今はソナチネアルバムに
「ロンド」という小さなピアノ曲が載っています。


エリザベートの目に彼らがどう映ったかは分かりません。
またベートーヴェンの臨終の際には夫婦で駆けつけたという記述もあります。



ところで ベートーヴェンというと
身分違いの恋にいつも破れていたイメージです。
しかし才能に溢れていましたので
たくさんの人が彼を援助していましたし、
尊敬できる友人としてつきあった女性や
不滅の恋人といわれる女性の存在もありますから、
怒りっぽい性格ながらも
筋の通った魅力的な人だったのではないでしょうか。


葬儀にはウィーン中の音楽家たちや著名人たち、
そして驚くべき数のウィーン市民が参列したといいます。



そしてなによりベートーヴェンの残した作品の
不変なるおおらかさが今も私たちを包み込んでくれます。
私たちの心のしあわせのために…


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