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『木菟』三好達治作詞・中田喜直作曲

ハートピアノ教室





 このところ夜になると「ゴロスケホゥ」とフクロウの鳴き声が聞こえてきます。図鑑には《多くは森林にいるが神社などの林にも現れ床下などに巣を作ることもある》とあります。まあ神社が好きなのね、と外を眺めながら、姿は見えないフクロウの声に耳を澄ませます。(ピアノ教室は健軍神社そばなのです)ミミズクとフクロウは微妙に違う種類のようですが、夜行性で肉食なことは同じのようです。(ここではフクロウと呼んだり木菟と呼んだりすることにします。)

 そんな夜、思い出す曲は『木菟』(ミミズク) 三好達治作詞/中田喜直作曲です。

 決別の合図のように激しいピアノの前奏で幕を開けると、静かに歌が入ってきます。歌詞に“十年の月日の間に自分は希望を失っただけだった”とあり、その“希望”が何かは書いてありません。中田喜直の音楽で聴くと“人生で失った希望を嘆きつつも、木菟のように己を俯瞰し未来への覚悟を決める”という風に聴こえます。“希望” は聴く人によって様々に解釈されるのですが、澄んだメロディーと力強いピアノによって聴き手はここでは中田喜直の描く“希望”を受け止めます。

 さて、この曲の作詞三好達治は美しい詩(太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ)もたくさん書きましたが、戦争中は戦意を鼓舞するような激しい詩も、亡くなった兵士を悲しむ詩も書いています。また十数年思い続けた女性がおり、紆余曲折の末最初の妻を捨てて再婚しましたが、暴力夫だったという説もあります。

 優しい風貌で物腰も柔らかい人だったと言われている三好達治ですが、芸術家の心の奥には炎がメラメラと燃え、猛獣が宿っているのかもしれません。感性を常に研ぎ澄ましている芸術家にとって、作品の質と葛藤する不安を常に抱えている現実はとても生きにくいものなのでしょう。心の奥に潜む激しさをどう飼いならしてよいのか分からなくなるのかもしれません。

 『木菟』は再婚前の作品。芸術作品には作者の実体験や想いをそれとは分からないように忍ばせることがよくありますが、ぼかしてあるがゆえにいろいろな解釈が可能で、味わう人の想像力をかきたてます。



ああまた木菟が鳴いている
十年の月日がたった
私のしてきたことといえば
一つ一つ希望をうしなった
ただそれだけ



 知恵の象徴で縁起物とされるフクロウですが、鳴き声はどこか物悲しく時空を超えて飛んでいきそうです。眼は鋭くすべてを見透かしているよう。悟りきって静かに鳴いている感じが不気味でもあります。ミステリアスなフクロウの鳴き声と共に地震のない夜は静かに更けていきます。


  熊本市東区健軍 HEART PIANO ハートピアノ教室熊本












































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