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7. 続けて行ったその先の可能性は?

前の記事では、子供が楽しいと思う事と、大人が楽しいと思う事とは違う事を書きました。
大人は、曲が弾けるまでの過程を楽しむ。
RPG的楽しみ方でしょうか。

子どもは、弾けるまでの課程が大っ嫌い。
出来上がったら、しつこいくらいそれを弾いて楽しむ。
アクション系ゲーム的楽しみ方でしょうか。

そして、その継続が、数か月、1年、数年…と積み重なって行った時に、
いったいどういう事が起こると思いますか?
これは、ウソではなく、本当です。
のべ数で言うと、千人単位で教えて来た私の経験です。

いつも感心するのは、長く続けている生徒さんは、
必ずと言っていい程、難関高校や難関大学に合格されます 。

受験なのに毎週来て、やはり年も明けてきたら
「あの~、受験ですよね。ピアノ休まなくてもいいんですか?」
と聞いてみたりします。心配ですもん。

「大丈夫です」と本人さんは言うから、
「カリカリせず、余裕で行ける所を受けるんやな」
と思っているとメールが来て

「大手前高校受かりました 」
大阪でも超難関高校です 。偏差値で言うと72らしいです 。
しかも、「塾行ってへん」と言うからビックリ!!。

その子は、高3の夏まで来て、ピアノにピリオドを打ちはりました。
何か、理数系の学科で、全国でもその大学が有数の学校なので、
絶対受かりたいので、猛勉強するためにピアノをやめます、と言ってきました。

「ハラショ~」しかないです。
…って、アンタ、何人や。

その子だけじゃないです。
大阪教育大学附属中学(偏差値72)を受験したTちゃんは、
その後附属高校に進み、大学受験の前2か月程休んでまた復帰。
大学は国立大で、バイオ研究して大学院まで行って就職、
研究職につき、コンスタントにこれなくなってやめました。

小4くらいからのお付き合いなので、14年間くらいのレッスンでした。
最後に弾いていたのは、ラヴェルとかラフマニノフとか
難しい曲を弾いていました。

この間、遊びに来てくれはりました。
もう結婚して、ほんで、化粧品会社の研究室で開発してはります。
ふふふ…。
開発に携わったと言う商品を、いただきました。

そのくらいでやめていただいても、十二分にピアノを楽しめますので、
私も「よう続けてくれたね~」で送り出しますです。

ウチの教室の名物生徒、トマト小僧。
その兄もずっと続けた一人で、大格受験時も来てました。
西の早慶と言われる所に入りました。
彼は4回生の就職活動時にやめましたが、もうあんだけ弾けたら十分ですわ。

最後の発表会では、リスト『マゼッパ』や
ベトベン『ワルトシュタイン』を弾いてましたから、
「もうええんちゃう?」て感じです。

就職の面接時にそういう事を言ったとか何とか。
受験時も休まずに続けた事、
そしていわゆる難曲というものを弾けるまで精進した事など。

忍耐力と努力も評価の1つとされたのでしょうね、
名前を言えば誰でも知ってる超大手企業に行ってはります。

そういう子たちは、自分から「どこそこ受ける」とは言わないです。
「どこ行くん?」と聞いたら、サラリと有名所を言いはります。

いつ勉強してたん?
全然カリカリ感なかったやん状態です。

音大受験生もそうです。
東芸、京芸、大教とか受けたいからとレッスン頼まれる子達、
やはり名の通った進学校が多いです。

いつ練習するんやろ? と思うけど、しっかり課題もこなしてるし、
勉強もついて行ってるし、ちゃんと合格しはります。

『練習しないとうまくならない』⇄『勉強しないと良い点取れない』
というのが自然と解り、忍耐力もつき、切り替えも早いのです。
ピアノに行く往復時間も含め、1時間半~2時間は、
息抜きに利用してるので、この時間がもったいないとは思わないようです。

それも小さい時からの、ほんの小さな努力の積み重ねで、
「努力してる」という事が、やがて「習慣」となって、
「当たり前」状態になるのです。

「家でお母さんとか、めっちゃさせはったんちゃます?」
と思いはるでしょう。
いや~私が見た限りでは、みなさん教育ママさんには見えませんでしたョ。
どちらかと言うと、子供さんに任せっぱなし的な…。良い意味で。

大人になってから「努力」するのって、
「やらなアカン」という「義務」のような
「ちょっとしたストレスあせ」のようなものに変わりますが、
小さい時に習慣的に身に付ければ、切り替えがスムーズになります。

そして必ず、その人にとって人生の貴重な宝物キラキラになります 。
宝物って、形あるものばかりとは限りません。
普段、別に気にも留めない、ありがたいとも思わないものが、
それだったりします。
あるいは、一生気が付かないかもしれません。

そういうのに気付く時は、その反対の出来事が起こった時ですから。
大病して、初めて健康のありがたさに気づくのとか。
別れて初めて、どれだけその人が大きな存在だったか解るとか(笑)。
そんなんと同じです。

「忍耐する力」
「努力する精神」

目には見えません。形もありません。
でも、その素晴らしいアイテムを一緒に、育みませんか?


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