ピアノ弾きの宿命
ソビエト連邦の時代
それは、JALはシベリア上空を飛行することができないので、
アンカレッジ経由でしかヨーロッパに飛べなかった時代のことです。
当時は、ソビエトからは優秀な音楽家を数多く輩出して、
世界中の有名なコンクールでは、賞を総なめにするくらいの勢いでした。
でも、もちろんそれにはソビエト独特の教育があったからこそです。
それは、今の中国にも通ずるものがあると思いますが、
日本に住んでいる私たちにとっては、
合理的であっても、やはり驚くようなシステムだと思います。
その時代のソビエトでは、子どもたちにリトミックのようなものをさせ、
音楽への感性や適性を見ます。
それは、日本でも同じことで、もしも子どもが歌ったり踊ったり好きで、
楽器がやりたいと言ったら、希望をかなえてあげようとするでしょう。
もしくは、親が何か楽器を弾いていたら、
子どもにも何かさせてあげようと思うことでしょう。
適性をみるのはとてもいいことだと思うのですが、
驚くのは、その次の段階です。
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http://www.miyukiwilliams.com/blog/2012/05/24/ピアノ弾きの宿命.aspx?alt_id=7X57D-91A25-2G6&ts=1337834128311
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