【紫明先生のエッセイシリーズ】夢のような日々(1992年)9
クレメンティのソナチネが7カ月も出来上がらなくて、
「こんな小さな子に、この曲は無理なのではないでしょうか」
と先生に質問したことがりました。
「お母様のその気持ちがこの結果なのですよ」とお叱りを受け、
私の腹がすわると一ぺんに出来てしまった事が不思議でした。
大阪から松本への旅は大変でしたが、小学校に上がるまでの大切な時期、
驚くべきスピードで感性が磨かれていったのを今にして思います。
ある時、全然楽譜を見ないで、
「ああ、もう終わっちゃった」
などと、けろっとしているものですから心配になり、
鈴木先生にご相談しましたところ、
「耳が育ちすぎましたねえ。」
先生と一緒に大笑いした事でした。
「こんな小さな子に、この曲は無理なのではないでしょうか」
と先生に質問したことがりました。
「お母様のその気持ちがこの結果なのですよ」とお叱りを受け、
私の腹がすわると一ぺんに出来てしまった事が不思議でした。
大阪から松本への旅は大変でしたが、小学校に上がるまでの大切な時期、
驚くべきスピードで感性が磨かれていったのを今にして思います。
ある時、全然楽譜を見ないで、
「ああ、もう終わっちゃった」
などと、けろっとしているものですから心配になり、
鈴木先生にご相談しましたところ、
「耳が育ちすぎましたねえ。」
先生と一緒に大笑いした事でした。